無人駅に、、。
初めての全国大会。
そう、彼らは京都府立聾学校の高校生。
私の後輩にあたる。
その中には、教育実習でお世話になった生徒もいる。
そんな後輩と一緒に野球できるなんて想像もしなかった。
京都のボスの長男がマウンドに立っているのを見て、
何か嬉しく思った。
余談をひとつ。
彼らはまだ、高校生。
主将のたっちゃんが面倒をみていた。
彼らにとって、はじめての全国大会。
何かも全て初めての経験。
先輩やチームメイトの指示を聞きながら、行動する。
あるハプニングが起こった。
それは、帰る時だった。
我々の宿泊先は、福島駅から私鉄にのりかえて
一つ先の小さな駅付近。
しかも、そこの駅は無人駅。
電車内にいる車掌に切符を渡して下車する。
最終日の時だった。
高校生とたっちゃんが先に福島駅へ。
20分後かな?
私達があの無人駅に行ってみると、
ベンチの下に不審なカバンが置いてあるではありませんか。
なぜ、無人駅に水色と黒のカバンがひとつだけ?
みんながカバンの中に爆弾が入っているじゃない?
または、生首とか色々言っていた時に
私はカバンのファスナーを開けてみた。
ん?
なんと、そこには見慣れた『牛若丸』の帽子が
入っているではありませんか。
その時にたっちゃんからメールが来た。
「高校生Aのカバンを駅に置き忘れたので、そちらに向かわせている。
もし、会ったら一緒に福島駅まできてくれないか。」
向こうからちっちゃな私鉄が。
高校生Aが慌てて、下車。
フッ ほらよ。
カバンを無事に渡して、一緒に福島駅へ。
そして、たっちゃんが高校生全員の切符を手配し、
福島駅で解散。
めでたし、めでたし。
注)高校生Aは個人情報法により、公開できませんのでご承知を。
おまけ チーム最年長こと徳田さんの画像は別に深い意味はありません。
Deaflympics Taipei
ここでプレーするはずだった台北デフリンピック
今でもデフリンピック、どうだった?と言われる。
落選のことを知らなかった知人がいる。
確かに、私は前大会のデフリン、三年前の世界選手権の
日本代表だった。
去年の12月の最終選考の面接にこう言われた。
「スタッフとして台北に行かないか?」
自分は可能性がある限り、最後まで諦めないと
スタッフの選択をきっぱりと断り、
補欠の身で合宿に参加して来た。
そして、8月31日に故障者が出なかったことで、
正式に落選となった。
これで私の夢は断たれた。
職場でキヨのために壮行会が行われた。
児童生徒達など周囲から色々、言われた。
「なぜ、あなたは行かないの?」
それが一番辛かった。
落選の苦しみよりというよりも、どう答えたら良いのか?と。
その時、応援してくれた人達から
「応援しに行かないの?」と。
心の中で行きたいと思いながらもこう答えた。
「仕事があるし、無理だよ」
そして、台北デフリンピックが始まった。
血が騒いだのか、自分の目で世界を見たいと思い
急遽、台北まで駆けつけることに。(笑)
自分の見た試合は、スロベニア、ドイツ戦。
(感想は伏せておく)
三年前の決勝と同じ顔ぶれのアメリカ対リトアニアも
見ることができた。
また先輩、後輩、友人達が世界で活躍する場面を見て、
良い刺激を受けた。
インフルエンザの影響で選手達にとって
不安や集中しにくいことがあったかもしれないけど、
挫けずに活躍する選手達をみて本当に感動した。
見に行って、無駄じゃなかった。
見に行って、本当によかった。
そして、落選は残念と言われるけど、私はこう思えるようになった。
今回の落選は自分のパワーアップに必要なことだったと。
さぁ、自分らしくいこーか!






















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